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広島高等裁判所 昭和62年(く)1号 決定

主文

原決定を取り消す。

本件を広島家庭裁判所呉支部に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は附添人ら作成の抗告申立書及び抗告申立の理由補充書(一)、(二)、(三)起載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

まず、補充抗告趣意第一点は、要するに、原審においては弁護士である附添人が選任されていなかったが、これは、少年の姉が広島南警察署の警察官に弁護人を選任したいといったところ、「頼んでも(結論は)いっしょだから(頼まない方がよい)」と告げられ、また事件が家庭裁判所に送致されたのち同様の意向で連絡したのに対し、家庭裁判所調査官からも「(弁護士を頼んでも)効果はない」旨いわれたためであって、右は事実上附添人選任権を剥奪したものというべく、この点で決定に影響を及ぼす法令の違反がある、というのであり、同第二点は、要するに、原決定は、少年が昭和六一年六月ごろから継続的に覚せい剤を使用していたと認定しているが、少年が覚せい剤を使用したのは主として同年一〇月であるから、原決定には、少年の覚せい剤使用の期間、回数について重大な事実の誤認があり、これが決定に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

ところで記録によると、右各抗告の趣意は、抗告提起期間経過後に提出された抗告申立の理由補充書(二)、(三)で主張されているのであるが、補充書は、抗告提起期間内ならばともかく、既に同期間を経過している以上適法な抗告の趣意を一層具体的かつ詳細にするためのものにすぎず、新たな主張をすることは許されないといわなければならない。しかるに、本件抗告の趣意は、後述するとおり処分の著しい不当を主張しているだけであることは記録上疑いなく、前記各補充抗告趣意はいずれも不適法というほかはないから、これに対しては判断を加えないこととする。

次に、本件抗告の趣意は、要するに、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は、重きにすぎ著しく不当である、というのである。

そこで本件少年保護事件記録及び同調査記録を調査して検討するに、本件は、少年がAと共謀のうえ、昭和六一年一一月三日午前八時ごろ、右Aから覚せい剤約〇・〇三グラムを自己の右腕に注射してもらい、もって覚せい剤を使用したという事案である。そして、右記録によると、(1)少年は、昭和五八年四月ごろ初めて暴力団の組員から覚せい剤を注射してもらい、同年一〇月ごろAと知り合ったのちは同人からも覚せい剤を注射してもらったりしていたが、間もなく同人が覚せい剤事件で検挙されて少年院送致となったため、その後は覚せい剤の使用をやめていたところ、昭和六一年一日ごろ少年院を退院したAが自己を探していることを耳にして、少年の方より進んで同人に連絡をとり、同年六月ごろからは同人と肩書住居において同棲を始め、そのころより同人から覚せい剤を多数回にわたり注射してもらうなど徒遊しているうち、同年一一月七日覚せい剤使用の事実で逮捕されたこと、(2)少年は、少年鑑別所に送致されたのちもAのことが忘れられず、覚せい剤の使用や従来の生活態度に対する反省は十分でなかったこと、(3)少年には、これまで窃盗、毒物及び劇物取締法違反(シンナーの吸入)等の非行歴があり(但し、いずれも不処分)、また重過失傷害、道路交通法違反により一度保護観察に付されているが、昭和六〇年七月には成績良好ということで解除されていること、(4)少年の母は、昭和六一年九月ごろ少年がAと同棲していることを知ったが、この事実を夫(少年の父)に知らせず、少年に対し特別注意することなく放置していたこと、以上の事実が認められ、右のような本件非行の罪質、態様、少年の行状、非行歴、親の態度等を総合すると、少年はAと同棲中も覚せい剤を止めようとの意思を有していたこと、また少年は、覚せい剤を目ら注射したことはなく、常に他の者から注射してもらう、いわば受動的立場にあったこと等少年にとって有利な情状を斟酌しても、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は理解し得るところである。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によれば、原決定後、少年の両親は従前の放任的態度を改め、少年を手元において指導監督する旨誓約し、少年の母は広島拘置所まで赴いてAと会い、少年との絶縁を申し入れて同人の了承を得たこと、広島市内に居住している少年の姉は、本年三月結婚する予定であるが、五月ごろには夫と共に少年の両親宅付近に新居を構え、夫において父の仕事を手伝う予定であり、そうなれば、これまでのように少年が姉を頼って広島市内に出て行く可能性もなくなることなど、少年に対する保護態勢は著しく改善整備されたことが認められ、更に少年も、中等少年院に収容されて約二か月間矯正教育を受けたこともあって、今後は覚せい剤の使用を断ち、Aとも別れ、親元に帰れるならば両親のもとで更生の途を歩むとの決意を固めていることが明らかである。

このような事情のほか、少年が同棲中も覚せい剤を止めようとの意思を有していたこと等前記少年にとって有利な情状を併せ考えると、いま直ちに少年を中等少年院に送致しなければならないほどの要保護性があるとは認めがたく、もう一度在宅保護の措置をとることも考慮に値すると思料され、そうすると、少年を中等少年院に送致した原決定の処分には著しい不当があるというべきである。

よって、少年法三三条二項、少年審判規則五〇条により原決定を取り消したうえ、本件を広島家庭裁判所呉支部に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 横山武男 谷岡武敎)

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